ニュージーランド移住10年目。ラジオ局での仕事、留学会社運営していてのあれこれ

  1. クライストチャーチ

みんなの地震体験談

クライストチャーチ地震後、私の職場もしばらくは立ち入り禁止エリアに入っていたけど、仕事が再開して1カ月ちょっと経ちました。

仕事で番組のゲストなどと会う時、今でもまず最初に話すのはお互いの地震が起こった時の話。
以前では絶対聞かなかったような、テレビや新聞で聞くような話が普通に出くることにビックリします…

JDUではラジオで地元の方の地震体験談を流しましたが、ここでは収録しきれなかった話を少し書きたいと思います。

サモアの番組の方:
地震のショックのためか、妊娠していた奥さんは出産予定よりかなり早く子どもが生まれそうになった。
でも地震当日だったから救急車を呼んでも来ない!大渋滞している中なんとか病院までかけつけ、無事出産。
ところが地震のせいで病院もいっぱいで入院することが出来ず、そのままウエリントンに飛んで1ヶ月ウエリントンで過ごした

スポーツ番組のゲスト:
地震があったとき、コロンボストリート(アーマーストリートとグロースターストリートの間)のお店で働いていた。
激しい揺れにほぼ全ての商品が降ってきて、大きな地割れが店の外から中に向かってすごい音を立てて現れ、天井も一部落ちてきた!
それでも外に出るほうが危険そうだったから、お店の中にまだ居たそうです。
これがそのお店のある場所(地震約1週間後に取材でメディアツアーに参加した際に撮影)
クライストチャーチ地震
商品が落ちる音、壁が崩れる音、サイレンの音などに驚き唖然として、何も考えられず立ちすくんでいた…けどしばらくして、「あそこまで大きい地震はとりあえずもう来ないだろう」と漠然と思ったんだとか。
それで、10分位して、彼はなぜか上の棚に乗っている唯一落ちなかった商品を元の位置に戻そうと思った。
奥から脚立を持ってきて、登って棚の上に手を伸ばした瞬間に大きな余震が再び来て、商品が全て下に落ちたのはもちろん、自分も脚立から落ちた><
それで、これはシティーセンターを出ないとだめだと気づき、家に帰った。

某イベント主催の方:
地震で家が倒壊して住めなくなったので、しばらくクイーンズタウンやダニーデンの親戚の家に行ってた。
ようやくクライストチャーチに戻ってきたら、家に泥棒が入っていた…隣の家も、その隣の家も倒壊していて、同じように泥棒が入っていた。

スタッフがよく行くカフェの店員さん:
このカフェは、被害の大きかったハイストリートの一角にあります。
地震が起こった時カフェにいた。なんとか揺れがおさまるまでじっとしていたけど、お店の入り口と、反対側の出口から崩れた外壁などが降ってきて、中に閉じ込められた。
瓦礫の下になったわけじゃないけど、完全に閉じ込められた…
頭が真っ白になってどうしようと呆然としていたら、隣のお店の店員さんたちがレンガをどかして助けてくれたんだとか。
この助けてくれた人達、タトゥーショップの職人さんたちで、去年9月の地震被害にあい、この場所に店を移してきたんだ。
カフェのすぐ近くにタトゥーショップ!?ちょっと怖くて嫌だな…と思ってたけど、助けにきてくれたことに感動した。
 

いろんな人とお互いの地震体験談を話して気づいた事が、「あまりの出来ごとに、何が起こっているのかを把握するまでに時間がかかった。はっきりと考えられなくて、でも数時間たつにつれ、現実味をおびてきた」ということ。建物がガラガラと崩れていくのを見たり、恐ろしい思いをした人はなおさらみたい。

特番のゲストとして、CTVビルの最上階(5階)にいた生存者の方も当時の話をしに来てくれました。
私もそばで聞いてたけど、これについてはあまりにも壮絶過ぎて言葉をなくした…。
この方自体はすごくフレンドリーで普通に明るく話しかけてきてくれたし、地震のショックで落ち込んでるとかそういう感じには見えなかったよ。でも、その人がオンエアスタジオに来た時には、スタジオに続く部屋のドアを開けっぱなしにして、外への逃げ道も確保しておかないといけないというくらい、地震でトラウマになっていたのが分かりました。

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コメント

  1. 地震の時は家の庭にいました。
    電気はすぐに止まったけど、水は出ていた。
    水が出るうちにやらなきゃと思ったのが、トイレ掃除。
    別に汚れていたわけでもないんだけど、なぜかトイレ掃除。
    トイレを綺麗にして水を流してすぐに断水しました。
    いやはや人間とは面白いものだねえ。

    • YAMATO
    • 2011年 5月 05日

    こちら東北での地震の時は、私は職場(小学校)の校庭から揺れがおさまるのを風雪に耐えながら身を寄せ合ってじっと待っているしかありませんでした。低学年の子より、高学年が泣き叫んでいました。仕方がない、彼らは3階にいたのだから・・・。
    世界中放浪の旅をするくらいサバイバル心旺盛な主人は、職場(実家:郷土料理店)から家に戻る間に《水と電池と食糧の確保・停電に備えて散らばったガラス片などの簡単な掃除・浴槽に水貯め・周囲の観察を含めた知人の安否確認》を3時間の間に実行しました。夜にはガソリン補充。予想通りライフラインが途絶え、これからの意欲をもらうためにニュージーランドワインを2本も空け、家に残っていた花火を打ち上げました。そのお陰でその夜は元気でしたが、余震が続き、周囲で何が起こっているか分からず、本当に怖くて眠れませんでした。そんな日々が数日続きました。
    いやはや人間とは面白いものだねぇ。聖さん、主人と似ているかも?!

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